周辺地域紹介
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 えるもーる烏山北側には東京の小京都とも呼ばれている烏山寺町がある。関東大震災のあと浅草や築地・芝などから寺院が移転してできた。春の桜を始め四季折々の花が楽しめます。又、鴨が飛来する高源院の弁天池や、関東大震災で焼け残った大きな鐘のある妙寿寺など江戸の浮世絵師歌麻呂の墓のある尊光寺など日曜・祝日には寺町を散策するグループも目立ちます。ぜひ一度足を延ばしてみてはいかが…

 

 

 

 

 

 


TEL:03-3302-5016

徳富蘆花が執筆活動を行っていた所

〜沿革とあらまし〜
蘆花恒春園は明治から大正期にかけて「自然と人生」をはじめとし、「不如帰」、「寄生虫」など多くの名作を著し名声を博した徳富蘆花(健次郎)の旧宅のある部分(恒春園)と、その他のところ(一般公園部分)からなっています。
蘆花は明治40年2月27日東京市内青山から当時の東京府北多摩郡千歳村柏谷の一隅に移り住み、自ら「美的百姓」と称して晴耕雨読の生活を送り、ここを恒春園と名づけました。
昭和2年9月18日蘆花は静養先の群馬県伊香保で死亡しました。
蘆花没後10周年に際し蘆花の妻愛子夫人は居住した建物とその敷地それに蘆花の遺品一切を、公園とするため東京都(当時東京市)に寄付しましたので、翌年の昭和13年2月27日東京都は、ここを公園として正式に開園しました。そののち東京都では隣接地の買収進め公園区域を拡張しましたが、東京都が買収した部分には児童公園や草地広場があり一般公園区域となっております。
愛子夫人は昭和22年2月20日に亡くなりましたが、蘆花夫妻の墓は旧宅の東、クヌギなどの木立の中にあります。
昭和61年3月10日、旧宅や墓地のある部分は東京都史跡(徳富蘆花旧宅)に指定されました。
TEL:03-3302-5016
 区ゆかりの文学者の資料を収集、展示する他、催し物、企画展、絵本原画展を開催。文学講座・映画会、朗読会、コンサート、文学散歩等も実施。
TEL:03-3326-3511
駅前にあった烏山小学校移転の後、区がコミュニケーションの場として約400人収容のホール、図書館、体育館、集会室等を含むこの区民センターをつくりました。
TEL:03-3326-3521
TEL:03-3326-1202
世田谷区を世田谷、玉川、北沢、砧、烏山の5つの地区に分け、それぞれの地区ごとに出張所が設けられています。烏山出張所もそのひとつで、旧甲州街道と20号線の中間に有り、区民の各種手続きを行っています。